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■ 小茂田 青樹
縁あって青樹の作品を見る機会に恵まれました。美術館ではなく、個人蔵の掛け軸でした。
「氷下鯉魚 two carp under the ice」1927年の作品です。
題名通り氷の下を泳ぐ二匹の鯉を雪と共に描いた掛け軸に、私はしばらく目を奪われてしまいました。
氷上の痺れる様な寒気と水中の命の温もりまで描いたこの日本画は、一瞬にして私を取り巻く時間を止め、人気の無い池のほとりへ。そして鯉の紋様は荒涼とした水辺に浮き上がり、まるで一輪挿しの花の様な燐とした美しさでした。
興奮しつつ帰った私は、すぐに彼の画集を探し「虫魚画巻」という晩年の一連作品と出会いました。それは日常によくある虫や魚や鳥や草花の一場面を切り取った作品でした。
窓にとまる蛾、アザミの花の間に巣を張る女郎蜘蛛、桜の下を歩く猫。
それはどこかエロティックで、感覚の力に溢れた画ばかりでした。青樹の描く鰻や鯉は、そのヌメリまで描かれている。そしてなぜか全てが淫靡なのです。
彼は日本画の円熟した技法と、大正期に盛んに試みられた西洋の写実的な描法を巧みに融合して、あの時代の一つの解答をだしていると思います。
学生の頃、画を描く時いつも感じる不安がありました。それは「自分はこの画を最後まで描けるだろうか」「いつになったら完成が見えてくるのか」画の描き始めはいつもそうでした。その不安を掃うには黙々と筆を進めるしかないのです。
だが青樹の画には迷いはない。少なくても私には一切感じられない。
■小茂田 青樹略歴
1891年埼玉川越に生まれた青樹は。5歳で小茂田家の養子となり、16歳で上京。松本楓湖の弟子となり、速水御舟らとともに、1920〜30年代の再興院展を代表する画家になる。
晩年彼はこう語った「私の場合画の主材は緊密に身辺にあって、それを幾度も見、幾度も写生して心と一種の連関した「友情」にあることが必要である」「形は眼だけで写せるものではない」
■ 1931「虫魚画巻」 東京国立近代美術館
■ 1930「春の夜」 埼玉県近代美術館
■ 1930「鳴鶏」 埼玉近代美術館
■ 1930「蝉」 足立近代美術館
■ 1919「麦踏」 埼玉近代美術館 etc...
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